MAGAZINEプチさんマガ

四国五葉松の原産地から
盆栽を後世へ

2022.11.28

四国五葉松で有名な四国中央市土居町で、盆栽店『石鎚園』を営んでいる日野勉さん。
盆栽の販売だけでなく、自身で盆栽展を開催したり、学生たちへの職場体験や講演にも力を入れています。
今回は石鎚園に伺い、日野さんの盆栽に対する熱い思いを取材しました。

ー本日はお時間いただきましてありがとうございます。よろしくお願いします!

こちらこそよろしくお願いします。

ー石鎚園に来て目に飛び込んできましたが、すごい量の盆栽が並んでいますね。

大体200本くらいあると思います。ここに並んでいるものが全て商品です。
裏にもたくさん並べているので自由に見ていってもらえればと思います。

盆栽について無知な自分でも分かるくらい、美しい盆栽が綺麗に並べられていました。

赤石五葉松の原産地である四国中央市土居町

ー早速ですが、この石鎚園は勉さんが始められたのでしょうか?

元々私の父である日野里喜がこの石鎚園を始めたんです。なので私が2代目ということになります。
私が生まれたのは西条市で、当時父はいろんな仕事をしていたのですが、宝塚に住んでいる親戚のところに行った時に、盆栽を車の中に詰めている現場を目にしたそうです。
親戚は庭木屋をしていたんですが、その時にものすごく分厚い札束を受け渡しているのを目撃したそうです。
それを見て、「自分にもできないだろうか。」と考え、石鎚園を始めることになったと聞いています。

ーなるほど、元々西条に住んでいたとのことですが、土居町で石鎚園を始めたことに理由はあるのでしょうか?

土居町は四国五葉松の原産地なんです。
石鎚園を始める前に当時の市長さんたちとも話をしたらしいのですが、どうせやるなら四国五葉松の原産地の麓でやることをおすすめされて、土居町で石鎚園を営むことになりました。
新居浜と四国中央市の境くらいの場所に「四国五葉松・原産地」と看板が出ているのですが、見たことありませんか?

ーあ、つい先ほど目にしました!あの辺りで五葉松が取れるんですね。

そうなんです。今でもあの辺りには五葉松が生えています。取ってはいけないんですけどね。
昔は山で取っていた人もいたみたいです。お客さんの家に伺うと立派な五葉松があるので、聞いてみると「昔おじいちゃんが山から取ってきたんです。」と仰る方が多いです。

ー無知で大変恐縮ですが、五葉松と呼ばれる松はどのような松なのでしょうか?

松は2枚で1組の葉がつくことが多いのですが、五葉松はその名の通り、5枚で1つの葉がついています。
黒松が「盆栽の王様」といわれているのですが、五葉松は「盆栽の女王様」といわれていて、それくらい人気も知名度も高い松の一つです。
五葉松の3大産地の1つといわれるほど、有名な産地なんです。

西日本最大規模の大樹園での修行

ーお父様が石鎚園をされていたということで、そのまま石鎚園で働くことになったのでしょうか?

いいえ、高校を卒業してからは愛知県岡崎市にある大樹園で修行することになりました。
父の伝手で大樹園で修行させてもらえることになり、住み込みで勉強しながら働くことになりました。
家の至るところに1,000万円クラスの盆栽があったのですが、見向きもせず生活していたので、修行して知識、経験をつける必要がありました。

ーそうでしたか。職人さんの修行というとかなり厳しいイメージがあります。

世間一般的に考えるとかなり過酷な環境だったと思います。
今は違うようですが、当時は住み込みで食事付き、お師匠さんより先に寝れないし、早く起きないといけない。睡眠時間は3時間程度で、忙しい期間だと休みは月に1度だけという時もありました。
勉強させてもらう身なので、給料もほとんど無いレベルでしたね。

ー想像を絶するほどの厳しさですね…。

実際に修行が嫌で逃げ出す人もいたそうです。ただ、厳しい環境とはいえ、怒られることはありませんでした。
私の場合は実家で手を出されることは無いものの、毎日怒られていたのでそれと比べると、「修行期間の方が精神的には楽なんじゃないか?」と思う時もありました(笑)。

ーどれくらいの期間、修行としてお師匠さんから盆栽について教えてもらっていたのでしょうか?

修行期間は5年でした。ですが、教えてもらったかというとちょっと違いますね。
学べる環境ではあるのですが、教えてもらえるわけではないんです。お師匠さんの仕事を見て学ぶことになります。
分からないことがあった時も、「私はこの枝を切ろうと思うのですが、お師匠さんならどのようにしますか?」と仮説を立てて質問すれば「そうだね、それじゃあこの枝を切ってみよう」と返してくれます。
主体性を持って取り組まないと答えてくれません。この辺りはどの仕事にも通ずる部分ではないでしょうか。

ー確かに主体性を持つことはどの仕事でも大事ですね。専門的な分野を学ぶとはいえ、専門学校とはかなり勝手が違うようですね。

私の場合は5年でしたが、中には10年、15年と修行を続けている人もいました。
授業を受ければ、資格が取れれば卒業というわけではなく、技術を身につければ修行を終えることができるという感じなので、学校とは違いますね。
修行期間は盆栽の手入れだけでなく、お客様との接し方や礼儀作法も学ぶ機会になったため、修行してよかったなと感じています。

ー修行が終わった後はそのまま土居町で石鎚園に帰ってきて働くことになったのでしょうか?

そうですね。実家に帰って盆栽を始めたのですが、とにかく資金がなかったので苦労しました。修行期間の給料は無いに等しいレベルだったので(笑)。
父から500万円くらいポンと借りれば早く軌道に乗せられたかもしれませんが、父とは会計を分けていたので、1人でやるというスタンスでした。
自分で育てたものだけ自分の懐に入るという形を取っていたので、最初は安い盆栽を育てて売るという日々でした。

父とは違う形で盆栽を広めるために始めた『新生盆栽展』

ー勉さんは『新生盆栽展』という展示会を開いているそうですが、そちらについてもお伺いしたいです。

新生盆栽展は平成20年に始めた試みです。盆栽展を始めたのには父親の影響もありました。
父は商売上手な人で、全国でも5本の指に入るくらいの人物だと思います。
そのため周りの人からは「日野さんの息子さん」という印象を持たれることが多かったんです。
だからこそ、父とは違うやり方で盆栽を広めるには、盆栽に興味を持ってくれる人を増やすにはどうすればいいか考え、新生盆栽展を始めることになりました。
今年はコロナの影響もあり開催を見送りましたが、毎年11月下旬に開催しています。

ー「新生」という言葉が入っているということは、通常の盆栽展とは違う取り組みをされているのでしょうか?

一般的な盆栽展と大きく違うのは、盆栽の見せ方です。
盆栽展では白の背景に対して盆栽を並べて鑑賞するものがほとんどで似たような形になってしまうものです。同じだとつまらないからレイアウトを変えようと思ったんです。
例えば書や掛け軸を飾ったり、着物を置いたりしてより盆栽が映えるようにしました。盆栽は和に合うものなので、それぞれの盆栽に合わせて、どのように見せると感動してもらえるか考えました。
例えば緑が多い盆栽を女性に見立てて、着物を背景に置き、更にキセルを添えることで大奥のようなイメージの作品が仕上がります。
三島高校書道部の書道パフォーマンスともコラボしており、地域との交流も深められていると感じています。

ー記念帳を見せてもらいましたが、どれも非常に綺麗でした。盆栽展で飾る盆栽はどのように用意したのでしょうか?

新生盆栽展で飾る盆栽は持ち主に連絡してお借りしています。
国風賞や総理大臣賞の盆栽は自分だけで借りることはできませんでしたが、石鎚園の看板と父のおかげでたくさんの盆栽をお借りできました。
盆栽1つで1億円を超えるものを取り扱っていたので、借りに行って搬送するのも一苦労でした。

ー盆栽展を開くのにもかなりお金がかかりそうですが、入場者からお金は取っているのでしょうか?

いいえ、お金は取っていません。
新生盆栽展はあくまで盆栽に興味を持ってもらう窓口であり、綺麗だ、感動した、と思ってもらえればいいのでお金は取らないようにしています。
仮にお金を取ってしまうと遠慮されてしまう可能性があるので、若い人でもふらっと立ち寄れるようにしたかったんです。
実際に若い人でも盆栽に興味を持ってくれている人はいるので、やりがいを感じます。

盆栽業界における後継者問題

ー最後に、勉さんの今後の展望についてお聞きしたいです。

これからは後継者の育成も考えていきたいと思っています。
これまでに1度だけ弟子を取ったことがありましたが、現在は弟子がいないので1人で作業しています。
私の活動として、新生盆栽展の開催以外にも、職業訓練の受け入れ先になったり、学校に講演に行ったりしているのですが、まだ弟子を取るには至っていません。
そもそも弟子を取るとなると、それにも費用がかかるため経営状況としても厳しい部分があります。
そのため、市と協力して補助金を出してもらい、盆栽の知識を教えられる環境が作れればと思っているのですが、難航しているのでこれからの課題になります。

ーやはり後継者になりうる人を集めることも難しいのでしょうか?

盆栽に興味を持っている人はいるんです。
新生盆栽展では若い方や女性の方から「盆栽をやってみたい!」と興味を示してくれています。
ですが、実際に盆栽を初めてみたいとなってもどうすればいいのか分からない人が多いんだと思っています。
高齢化が進む業界なので、土居町にあった盆栽店も昔に比べると半数以上が無くなっています。
これからは後継者として若い人に来てもらい、土居町にいる若い世代にもっと広めていってもらいたいですね。
そこに私も協力していきたいと思っています。

(取材・写真撮影:矢野司 写真提供:石鎚園)

取材先:石鎚園
〒799-0721
愛媛県四国中央市土居町上野828-1
Tel:0896-74-3390