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石鎚山系の基礎知識
垂直にそそり立つ石鎚山北面
垂直にそそり立つ石鎚山北面

 石鎚山周辺が隆起しはじめたのは、地質時代の区分では「第三紀」の末頃と考えられている。その後「第四紀」(約260万年前~現代)には、松山自動車道付近を東西に走る「中央構造線」という大断層の活動によって、急激な隆起が始まった。それは1年間に2mmというスピードで今も続いている。
 中央構造線の南側(太平洋側)が北側(瀬戸内側)よりも高く隆起してきたため、現在、石鎚山の北側は「石鎚断層崖」と呼ばれるほど、急斜面の地形となっている。

花崗岩と清水が美しい面河渓
花崗岩と清水が美しい面河渓

 石鎚山の土台となる地質は「三波川(さんばがわ)変成岩類」で、その上に「久万層群(砂岩、泥岩、礫岩)」、「石鎚層群(火砕流堆積物、安山岩類)」が、不整合に重なって成り立っている。「石鎚層群」は、約1500万年前、石鎚山の周辺で始まった火山活動により、火口から噴出した火砕流や溶岩が堆積したものをいう。これにより、原始の石鎚山は、富士山のような円錐形の成層火山の姿をしていたと考えられている。その後、周辺に環状の断層が生じて陥没し、阿蘇山のような凹状のカルデラを形成することになる。やがてカルデラも火砕流が堆積して埋められた。現在の山頂付近の岩石は、この火砕流の堆積物から成り立っている。時を経て中央構造線の活動により隆起し、現在のような姿になった。
 なお、面河渓に見られる白い花崗岩(かこうがん)はマグマが固まったものといわれている。

 石鎚山の気象データは、昭和20(1945)年5月から昭和22(1947)年4月まで、頂上に設けられていた石鎚山測候所(標高1957.9m)で観測が行われていた。測候所の閉鎖後は成就社(標高1280m)に設置されたアメダスで、雨量のみ観測されている。なお、気温については、春から秋にかけて、かつて測候所があった頂上山荘の職員による目視による観測も行われている。
 8月の平均気温は、石鎚山測候所で14.44℃ (1946年)、頂上山荘18.17℃(2013年)、松山29.2℃(2013年)となっている。この数値から平地の気温と10℃以上の開きがあることが分かる。
 一方、12月の最低気温は、石鎚山測候所で−10.56℃(1946年)の記録が残る。近年では、石鎚神社登拝者による−16℃や写真愛好家による−20℃という目視観測も聞かれる。
 年間降水量は、石鎚山測候所1881.4mm(1945年12月~1946年11月)、成就社2984.5mm(2013年)、松山1622mm(2013年)となっていて、山頂と平地ではそれほどの開きはなく、中腹で平地の倍近い降水量がある。また山頂付近の積雪は11月中旬から5月上旬まで続き、霧の発生も多い。さらにこの時期、月の半分以上、風速10m以上の風が吹いたという記録も残っている。この厳しい気象条件が、冬の石鎚をより美しく、神秘的にしている。

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